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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)9015号 判決

原告 依田澄子

〈ほか二名〉

原告兼右原告三名訴訟代理人弁護士 佐藤豁

被告 石原建設株式会社

右代表者代表取締役 石原孝信

右訴訟代理人弁護士 石原寛

同 吉岡睦子

同 加藤廣志

右訴訟復代理人弁護士 山川隆久

主文

一  原告らの主位的請求をいずれも棄却する。

二  原告らと被告との間において、原告らが被告所有の別紙第一物件目録記載の土地内に所在する温泉源から別紙第二物件目録記載の原告らそれぞれの所有地に温泉を引湯する権利を有することを確認する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を原告らの負担とし、その余は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

(主位的請求の趣旨)

1 原告らは、それぞれ、被告所有の別紙第一物件目録記載の土地を承役地とし、別紙第二物件目録記載の原告らそれぞれの所有地を要役地とする温泉引湯地役権を有することを確認する。

2 被告は、被告所有の別紙第一物件目録記載の土地を承役地とし、別紙第二物件目録記載の原告らそれぞれの所有地を要役地とする温泉引湯地役権の設定登記手続をせよ。

3 訴訟費用は被告の負担とする。

(予備的請求の趣旨)

主文第二項と同旨。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

(主位的請求の趣旨についての請求原因)

1 原告らはそれぞれ、別紙第二物件目録記載の土地を所有している。

2 被告は、別紙第一物件目録記載の土地(以下「本件土地」という)を所有している。

3 被告は、昭和四〇年、本件土地の南側境界寄りの部分に温泉源の掘削を開始し、昭和四二年八月二二日にその工事が完成した。その温泉権は神奈川県の温泉台帳に登録されている。

4 原告らは、別紙第二物件目録記載の土地を同目録記載の日にそれぞれ被告から買受けたものである。

5 被告は別紙第二物件目録記載の土地を含む一帯の土地を宅地造成の上、温泉付住宅地と称して分譲販売を広告し、原告らは何れも右販売広告に応じてそれぞれ右土地を買受け、その地上に住宅を建築し、被告所有の本件土地上の源泉から温泉を引湯して使用し、現在に及んでいる。

6 原告らは本件「温泉付」宅地の買入れに伴いその宅地に結合随伴した引湯地役権を合せて買受けたものである。

被告は本件「温泉付」宅地を販売するにあたり、その温泉の源泉は分譲宅地に隣接する地内に掘削を完成した許可番号神奈川県指令四一環第四五六号、登録番号温泉台帳第一号の温泉である旨これを特定し、「温泉付」分譲宅地の各区画には管路により給湯する設備が完成している旨等を記載した文書を作成配布してこれを広告し、原告らは何れも右広告に応じて本件「温泉付」宅地を被告から買受けたものである。

原告らの買受けた本件「温泉付」宅地には、管路を通じ、直接温泉源の温泉を引湯する権利が結合されているのである。

原告らが本件宅地の買入れに伴い引湯地役権を取得した理由を詳しく述べると、次のとおりである。

(一) 本件温泉の源泉は、被告が宅地造成して原告らに販売した通称岳南荘分譲住宅地(以下「岳南荘」という。)の西北方高地の山林内にある。

右源泉は、自然に湧出するものではなく、源泉所在地の地下約六六〇メートルにある泉脈からポンプで汲み上げた温泉を一旦源泉地に設置してある配湯槽に導き、その槽内で水道の水に混入させた上その低地に当る原告らの住宅に給湯しているのである。

温泉を給湯する装置は配湯槽と岳南荘の各区画との間に被告が予め設置したものである。

従って、原告らが温泉を使用するためには、被告が源泉地内のポンプを作動させて温泉を汲み上げ配湯槽を満す行為を必要とするのである。

(二) 被告は、不特定多数の者に対し岳南荘の土地を販売する目的を以て作成したパンフレット、分譲地価格表、新聞広告等を配布して分譲地の買受人を募集し、原告らは何れもこれらの印刷物により分譲地の販売条件を知り、承諾の上本件宅地を買受けたものである。

そして、被告は、右パンフレット、分譲地価格表等において本件分譲地は各区画とも温泉を利用できる旨を明示し、且つ利用し得る温泉の表示として、その許可番号は神奈川県指令四一、環第四六五号、温泉台帳第一号と明示し、なお温泉は分譲地内に湧出する旨記載しているのである(温泉台帳には温泉所在地を小田原市入生田字御坪山四七七番一一と登録してある。)。

また、被告は、岳南荘分譲地の販売条件を呈示したあらゆる文書に本件宅地は温泉付である旨記載し、その具体的説明として、

(1) 被告は岳南荘分譲地において温泉の湧出に成功したので、源泉を分譲地の各区画に給湯するための配管設備を施行したこと。

(2) 分譲地の買主は温泉給湯の設備に対し費用を負担しないこと。

などを明記しているのである。

被告のかかる意思表示は民法上契約の申込に該当するものであってこれを承諾した原告らとの間に成立した岳南荘売買契約は当然叙上の温泉に関する合意事項が内容を構成しているのである。右契約の内容を構成する温泉に関する主要な事項はつぎのとおりである。

(1) 分譲地の全区画に温泉給湯のための配管工事が施行されており、分譲地の買主はこの施設を使用して引湯する。

(2) 買主は右給湯施設に対する負担金を支払う要はない。

(3) 分譲地の土地代金中には温泉利用権の対価が含まれている。

(4) 温泉加熱使用のため売主は瞬間湯沸器を各戸に無償で設備する。

(5) 源泉で湧出する温度二九度の温泉原液を各区画に給湯する。

(6) 給湯諸経費、温泉使用料は買主の負担とし、被告の管理規定で定める。

本件分譲地を買受けた者の間には、温泉旅館の経営を目的として投資し現在営業している者、会社従業員の温泉保養所設置の目的を以て投資した者等もありその分譲地買受けの目的は多様である。当初から温泉の利用を希望しなかった少数の者を除き、原告はじめ本件分譲地を買受けた全ての者は温泉利用権の取得を重要な条件として本件分譲地を買受けた者である。

(三) なお、本件分譲地価格表には本件分譲地の各区画の一平方メートル当りの販売単価が記載されている。その価格は、被告が本件分譲地の買入にあたり支払った仕入代金、宅地造成工事費、温泉掘削費、温泉給湯管設置費、温泉加熱器設置費、雑費等一切の費用に被告の取得すべき相当の利益を加算した総金額を基礎として、各区画に使用上の利便等を考慮した格差を設けて総金額を配分し、各区画毎の一平方メートル当りの販売単価を決定したことは当然である。すなわち各区画の販売単価は温泉を供給することを条件として決定されたものである。ただ、例外的に温泉を希望しない買受人に対しては土地価格から一区画当り二〇万円を減額するが、一旦減額を受けた区画において後に温泉を利用する場合には一区画当り五〇万円の支払を要する旨の条件を定め、極力温泉付で分譲地を買受けさせる工作を用いたのである。

(四) 原告らはいずれも被告のパンフレット等による意思表示を信じ永続して居住し使用する目的で本件温泉付住宅地を買い入れたもので、温泉引湯権は源泉が涸渇しない限り永久に存続するものと確信していたのである。被告は温泉の源泉につき台帳登録番号を明示しているから、その所在地も特定されており、右源泉と本件分譲地の各区画とは給湯管により連絡されているから、水路も確定している。そして、右源泉から採取される温泉はその全部が各分譲地に給湯されるもので、その他の区域に対する給湯は存在しないので仮に分譲地の買受人の全部が温泉の使用を希望しなかったとすれば源泉は存在の意義を失うのである。

また、現在温泉を利用している分譲地所有者が、他の地域に転居する場合、温泉引湯権を土地から分離して転居先で温泉の供給を受ける事は事実上不可能である。また法律上も温泉引湯権はその土地の譲受人が当然これを取得し、分譲地の譲渡人は温泉引湯権を失うのである。従って、温泉引湯権と分譲地とは不可分の関係にあるのである。

従って、温泉法が温泉付住宅地の買受人が温泉に関し取得する権利については特段の規定を設けていない現状に於ては本件温泉引湯権は、民法の用水地役権の規定が準用される物権と解すべきである。

そして、本件引湯地役権において、温泉の一切の設備設置費用は被告がこれを負担し、また被告がこれを管理し、その補修の責を負うものとされており右は民法第二八六条前段に該当するわけである。すなわち、本件引湯地役権においては原告らがその権利を行使するためには、承役地の所有者である被告が、温泉に関する設備を設置してこれを管理し、特に配湯槽に源泉を汲み上げる等の積極的行為を必要とするのであって、被告の右行為義務が地役権の内容をなすものである。

7 現在、被告は、温泉の給湯を停止し、源泉(温泉権)を第三者に譲渡する計画を進めている。右譲渡がなされると、原告らの本件引湯地役権は対抗力がないために原告らは給湯を受けることができなくなる危険がある。

従って、原告らは被告に対し、本件引湯地役権の確認を求めるとともに、本件引湯地役権に対抗力を付与するための登記手続をなすよう求める。

(予備的請求の趣旨についての請求原因)

仮に、原告らが被告から本件「温泉付」宅地の買入れに伴って取得した引湯権が、民法の用水地役権の規定が準用される物権としての引湯地役権とは認められないとしても、原告らと被告は、本件宅地の売買契約中で、主位的請求の趣旨についての請求原因6(二)記載のとおりの引湯権に関する合意をしているのであるから、原告らは本件宅地の売買契約により、被告に対し、右合意のとおりの内容の引湯に関する債権を取得したものである。

しかるに、被告は温泉の給湯を停止し、源泉(温泉権)を第三者に譲渡しようとしているので、原告らは被告に対し、右債権としての引湯権の確認を求める。

二  請求原因に対する認否

(主位的請求の趣旨についての請求原因に対する認否)

1 請求原因1中、原告らがそれぞれ別紙第二物件目録記載の土地を所有していたことは認める。

2 同2は認める。

3 同3中、昭和四〇年に本件土地の南側境界寄りの部分に温泉源の掘削工事を開始したこと及びこの温泉につき神奈川県の温泉台帳に登録されていることを認め、その余は否認して争う。

なお、温泉掘削工事は、昭和四一年六月一三日に完成した。

4 同4は認める。

5 同5中、被告が別紙第二物件目録記載の土地を含む一帯の土地を宅地造成したこと、原告らがそれぞれ右各土地を買受けたこと及び原告佐藤、同依田の両名が本件土地の源泉から温泉を引いていたことを認め、被告が温泉付住宅地と称して分譲販売を広告したこと及び原告森、同鈴木が本件土地の源泉から温泉を引いていたことは否認して争い、その余は不知。

6 同6中、原告主張にかかるパンフレット、分譲地価格表、新聞広告には、原告主張のような記載があることは認めるが、その余は否認する。

これらの文書に書いてあることが、直ちに、被告の「意思表示」となるものではなく、また、被告がこれらの文書を原告らに手渡したことが、直ちに、民法上、「契約の申込」となるものでもない。これらの文書は、いわば、「申込の誘引」となるに過ぎない。これらの文書を見て、分譲地の買受を希望する者があった場合、売主たる被告は、希望者からの申込に対して、諾否を決する自由を有するものである。右文書にどのような記載があろうと、実際の契約の内容は、契約書に記載された内容となるものである。

また、分譲地の土地代金の中には、温泉利用の対価は含まれていない。被告の価格表には、土地の一平方メートル当たりの単価と、土地の面積が書いてあり、この二つを乗ずると、総金額が自ずから出てくるのであり、これ以外に、温泉の対価などは何らこの土地価格に加算されていない。

(被告の主張)

(一) 被告は、昭和四〇年ころから、故近衛文麿公爵別邸の跡地付近の宅地造成をはかり、昭和四二年暮れころから、一般に分譲したものであるが、たまたま本件土地から温泉が湧出したので、あわせてこれをサービスとして供給することを計画した。

(二) 被告は、当初、本件分譲地の販売に当たり、温泉付土地売買契約を検討したが、温泉権を売買の対象とすると、将来、問題が発生する虞があるところから、土地のみの売買にとどめることとしたものである。

すなわち、被告は、温泉を分譲地の各区画まで、給湯するための配管をしたが、これは、顧客の購買意欲を増進させるために設置したものである。被告は、原告らのように、後になって、温泉権などを主張されることがあっては困ると考え、あえてこれを売買の対象とはせず、ただ購買意欲を増進させるためのサービスとすることとしたのである。

(三) 被告の分譲地価格表に「温泉をご希望でない場合は土地代金を一戸につき二〇万円減額します」とあるのは、特に温泉を利用しないとして、被告のサービスを受けなくともよいという人に対しては、土地代金を二〇万円減額しようという意味にすぎず、小泉真人に対する土地売買契約において、土地代金二〇万円を減額したことはあるが、これは、同人からの申出により、代金の一部をサービスしたにすぎない。

(四) 本件分譲地の売買契約書には、売買の目的物としては、土地しか記載されておらず、温泉権のことには何ら触れられていない。原告らと被告との売買契約の対象はあくまで土地のみであり、温泉権については、何ら売買の対象となっていないのである。

その後、各利用との間において、岳南荘入生田温泉供給契約書を取り交わすこととなり、これによってサービスとしての温泉供給の内容と双方の責任の範囲を明らかにすることとなったものである。

原告らは、被告から、岳南荘分譲地を買い受けた者であって、たまたま買い受けにあたって、被告との間に、「入生田温泉供給契約」を締結し、被告から温泉の供給をうけていたものに過ぎない。

(五) 従って、本件分譲地と本件温泉権とは何らの牽連関係になく、原告らが本件宅地の買入れに伴ってその宅地に結合随伴した引湯地役権を合せて買受けた旨の原告の主張は失当であるが、そもそも、温泉引湯は次のとおり地役権という権利になじまないものである。

(1) 地役権は物権であり、登記によって対抗力を取得する排他的な権利である。もし、原告らがこの排他的な権利を有することになれば、他の岳南荘分譲地の買受人は引湯権を有しないか、あるいは後順位の引湯権を有することとなり、極めて不合理である。また、原告ら相互間においても同様の問題が生じ、同一物件の上に排他的な物権がそれぞれ独立し、重複して存在するという、物権の性質に反する結果となる。

(2) 本件分譲地の利用にとって、上水道の給水がある以上、本件温泉は不可欠ではなく、その意味では用水とは同列には論じられず、特定の土地を要役地として、それと一体となってでなければ温泉権を保障しえないということは、温泉利用の現実に反することにもなる。

7 同7中、被告が源泉(温泉権)を第三者に譲渡する計画を有していることは認めるが、その余は争う。

本件温泉源の設備、給湯管など全ては、被告所有にかかるものであり、被告が、このように、温泉の一切の設備を所有している限り、被告がこの設備一切を何人に譲渡するも、自由であり、拘束されるいわれはない。

(予備的請求の趣旨についての請求原因に対する認否)

全部否認する。

本件宅地売買契約書には、本件温泉権の設定供給等について、何らの記載もなく、従って、原被告間の本件温泉に関する法的関係は本件宅地売買契約とは全く関係なく、原告らは、温泉供給契約に基づいて初めて供給を受ける権利を取得するものである。

第三証拠《省略》

理由

一  主位的請求について

1  被告が別紙第二物件目録記載の土地を含む一帯の土地(岳南荘の土地)を宅地造成したこと、原告らが宅地造成された同目録記載の土地を同目録記載の日にそれぞれ被告から買い受け、所有していたこと、被告は本件土地を所有しており、昭和四〇年、本件土地の南側境界寄りの部分に温泉源の掘削工事を開始したこと、右掘削工事は完成し、この温泉は神奈川県の温泉台帳に登録されていること、被告が不特定多数の者に対して岳南荘の土地を販売する目的をもって作成したパンフレット、分譲地価格表、新聞広告には、被告が分譲する岳南荘の土地(以下「本件分譲地」という。)は温泉付であり、各区画とも温泉を利用できる旨の記載があること、以上の事実は当事者間に争いがない。

2  原告らは、温泉付宅地としてそれぞれ別紙第二物件目録記載の土地を買い受けたものであるから、本件土地を承役地とし、別紙第二物件目録記載の土地を要役地とする温泉引湯地役権を取得した旨主張するが、仮に原告らがそのような地役権を取得したとすると、被告主張のとおり、本件土地の上に同一内容の物権が重複して存在するという問題、あるいは原告ら以外の本件分譲地購入者の引湯権を排除することになるという問題があるうえ、本件分譲地のパンフレットである成立に争いのない甲第六号証、本件分譲地の価格表である成立に争いのない甲第七号証、本件分譲地の新聞広告である成立に争いのない甲第八、第九号証、原告鈴木多津美(以下「原告鈴木」という。)と被告との間の別紙第二物件目録記載三の土地の売買契約書である成立に争いのない甲第一一号証にも本件土地を承役地とする温泉引湯地役権を設定する旨の文言は何ら記載されておらず、原告ら主張のような地役権が設定されたと認めるに足りる証拠は存しない。

3  従って、原告らの主位的請求はその余の点について判断するまでもなくいずれも理由がない。

二  予備的請求について

1  当事者間に争いのない事実は前記一1に判示したとおりである。

2  原告らは、被告から別紙第二物件目録記載の土地を買い受けるに際し、主位的請求の趣旨についての請求原因6(二)(1)ないし(6)のとおり引湯権に関する合意をしているので、原告らは被告に対し右合意のとおりの引湯に関する債権を取得した旨主張し、被告は、原告らと被告との間の別紙物件目録記載の土地についての売買契約の契約書には温泉(引湯)権の設定・供給等について何らの記載もないので、原告らと被告との間の温泉に関する法的関係は土地の売買契約とは別個の温泉供給契約に基づいて初めて発生する旨主張してこれを争うので、この争点について判断する。

(一)  《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められる。

(1) 被告は、昭和四〇年六月ころ、神奈川県の許可を得て本件分譲地に隣接する本件土地内で温泉の掘削を開始し、昭和四一年六月ころ右掘削工事を完了した。そして、さらに、昭和四二年八月ころには温泉動力装置工事も完了した(以下、これらの工事によって湧き出し、利用可能となった温泉を「本件源泉」という。)。

(2) そこで、被告は昭和四二年秋ころから本件分譲地の売り出しを始めたが、その際、本件分譲地のパンフレットには、「当分譲地に温泉法に則った温泉の湧出に成功致しましたので、源泉を各戸に給湯する配管設備を施しました。各区画もご利用になれますが低温(二九度)のため各戸で加熱してご利用いただくこととなります。」と記載し、本件分譲地の価格表には「温泉(神奈川県指令四一号環第四五六号許可済)  分譲地全区画に配管(保温パイプ)済です。  加熱ご使用のため瞬間湯沸器を各戸に無償で設備します。  給湯諸経費は別に定める管理規定によります。  温泉をご希望でない場合は土地代金を一戸につき二〇万円減額します。但し以後に温泉使用の場合は費用五〇万円をご負担載くことになります。」と記載し、新聞の広告にも「岳南荘温泉付分譲地 設備 温度二九度各戸加熱使用設備負担金なし」と記載していた。

(3) 原告らはいずれも前記パンフレットや価格表、新聞広告などを見て別紙第二物件目録記載の土地を買い受けたものであるが、その契約書には、特約事項として、「1 甲(被告)は当自然郷の各分譲地に付帯する下記項目について引き渡し時迄に甲の負担に於て工事完了するものとする。(4)温泉給湯設備(但し給湯開始時は昭和四四年二月一日又は一〇戸以上の使用希望時とする。)2 甲は温泉が加熱使用の為瞬間湯沸器を甲の負担に於て乙(買主)が建築する際設備するものとする。」と記載されている。

(4) 原告らはいずれも、前記パンフレットや価格表、新聞広告などの記載に加えて、契約書の特約事項の記載から、別紙第二物件目録記載の土地を買い受けるとともに本件源泉から温泉の供給を受ける権利を被告に対して取得したものと考えた。もっとも、使用料等、給湯諸経費については原告らが負担しなければならず、具体的な使用料やその支払方法は、原告らが買い受けた土地上に建物を建築し、実際に温泉の供給を受ける必要が生じてから、被告との間で改めて契約すれば足りるものと考えていた。

(5) 本件分譲地の購入者の中には、温泉の供給を望まない者もあり、被告はそのような者に対しては、前記価格表に記載されているとおり、売買代金から二〇万円を減額して土地を売却した。

(6) 被告は、当初、本件分譲地に建物を建築して温泉の供給を求めてきた分譲地の購入者に対して無償で温泉を供給していたが、その後、「岳南荘入生田温泉供給契約書」と称する温泉使用料等具体的な温泉使用について定めた契約書を作成し、温泉の供給を受けている本件分譲地購入者との間で右契約書に従った契約を締結して有料で温泉を供給するようになった。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

(二)  右(一)の事実によれば、原告ら主張のとおり、原告らは、被告に対し、原告らが望めば、合理的な使用料を支払うことによって本件源泉から温泉の供給を受けることのできる債権(引湯権)を別紙第二物件目録記載の土地を買い受けるとともに取得したものというべきである。

被告は、本件分譲地の売買契約書には温泉の供給について記載がない旨主張するが、温泉給湯に関する特約があることは前記のとおりであり、右特約はパンフレットや価格表の記載内容を前提としたものであることは明らかで、契約の際特にパンフレットや価格表の記載内容とは異なる合意をしたのでない限り、パンフレットや価格表の記載内容のとおりの合意がなされたことを示すものと認められる。そして、被告が本件分譲地の売買契約を締結するにあたってパンフレットや価格表の記載内容を訂正するようなことは何ら話していないことは前掲各証拠により明らかである。被告主張の温泉供給契約は、使用料等、温泉供給に関する細則を定めたものにすぎず、右契約によって原告らに被告から温泉の供給を受ける権利が発生したものではない。

また、被告は、温泉の供給はサービスである旨主張するが、温泉の供給を希望する者と希望しない者との間には前記のとおり二〇万円の売買価格の差をつけていたのであるから、これをサービスであると解することはできない。

3  被告は、原告らが別紙第二物件目録記載の土地を買い受けるのとともに被告に対して本件源泉から温泉の供給を受ける権利(引湯権)を取得したことを争っており、しかも《証拠省略》によれば現在温泉の供給を止めていることが認められるので、原告らの右権利は使用料等具体的でない点はあるものの、法的保護に値する権利というべく、その確認の利益を肯定することが出来る。

三  結論

よって、原告らの主位的請求は理由がないのでこれをいずれも棄却し、予備的請求は理由があるのでこれを認容することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法八九条、九二条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 福田剛久)

〈以下省略〉

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